NEXTSCAPE blog

株式会社ネクストスケープの社員による会社公式ブログです。ネスケラボでは、社員が日頃どのようなことに興味をもっているのか、仕事を通してどのような面白いことに取り組んでいるのかなど、会社や技術に関する情報をマイペースに紹介しています。

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違和感とイノベーション

この記事は、NEXTSCAPE Advent Calendar 2023 の 1 日目 の記事です。

「Tさんという方をご存知ですか?」
尋ねてきたのは10年を超えて親交を頂いている大先輩。T氏はイノベーションの世界では有名な方で、大手食品メーカーの、誰もが知る大ヒット商品の画期的製造技術で業界では知らない人がいないくらいの人物。今は大学の教授も務めつつ、先の大先輩の主宰する知識創造に関する学会の研究会に参加し、ちょうど基調演説をしたところだと仰る。

「同じ中学校の後輩にTさんという方、いました?」
その名前と一致するTちゃんについて思い出す。頭の回転が速かったこと、サッカー部だったこと、私と同じ悩みを抱えてよく夜中まで語ったことなどの記憶が蘇る。もしあのTちゃんが件のT氏なら合点は行く。しかし、なぜこの大先輩と? なぜ私のことを?

「イノベーションのルブリックモデル図に、Tさんが驚いて『これを描いた人は誰ですか?』と訊かれたのであなたのことをお話したんです。すると、きっとその人は中学の先輩に違いないと言うんですよ」

その図とはソリューションとイノベーションを橋渡しする構造を描いたもので、特にリスクテイクと矛盾の内包を重要な転回点としている。どうやらT氏はそこに強く反応したらしい。問題解決のステップが上手くいった後、もしその逆の手段を取ったら?異なる前提を置いたら?という「反論包含」ピースを置くことで、リスクを取る準備が始まりイノベーションのステップに入るという見立てをしたのだ。

三十数年ぶりに再会したTちゃんは、某大企業の新事業創造責任者と大学教授の肩書を持ちながら、昔と変わらない人懐っこい笑顔で、「中学生の頃に先輩に読めと貸し付けられたあの本、米国流と違う日本流のイノベーションを志すきっかけになりました」 人に本を貸し付けるのは、どうやら私の昔からの癖のようだ。

 

ビールを酌み交わしながら、長い無沙汰にお互いどんなことをしてきたのかを話してみると、全く違う道を歩んだ結果、ほぼ同じ問題意識を持つに至ったことがわかる。T氏は製造現場で改善と品質向上、新商品開発に関わり続けたが、コンピュータと機械の組み合わせが人間の能力に近づけば、最後に人間の役目として残るのは「創造」そして「イノベーション」になると。私は人材育成・組織開発の現場で能力向上に関わり続けたが、コンピュータと機械の組み合わせではどうしてもできない(或いは極めて高コスト)のは「創造」「イノベーション」だと。

その後、再会の労を頂いた大先輩を交えた会合(という名の飲み会)を不定期に続けているのだが、よく話題に上るのが『違和感』への着目だ。

20年ほど前から、気付きという言葉が使われるようになったが、これは「注意を向けた先から想起されること」を指しているようだ。その多くは類似感であり、連想という行為によって起きる。しかし、ごく稀に、「ああ、アレがコレか!」ということも起きる。何かがわかる瞬間だ。しかし「アレがコレか!」には「アレ」がわからない状態を経る必要がある。現象学ではこのわからないながらも受けとっている状態を「把持」というが、コンピュータには難しい。人間はこれが容易にできる。

連想レベルの類似感検索はそろそろ機械も追いついてきた感がある一方で、違和感検索というのは聞いたことが無い。恐らく違和感を懐き表明することは、まだ暫く人間の特権であり続ける。違和感は、それが矛盾を孕んでいることに起因することが多い。ビジネスでは矛盾の存在を認めない事が多いが、スッキリしない違和感があるからではないかと推測する。

 

しかし、矛盾というのはイノベーションの大事な前段階だと思う。「〇〇であるはずなのにどうして△△なのだろう?」この問いに対して「それはきっと□□だからに違いない」と考えるのが帰納的推論(アブダクション)である。演繹は既にコンピュータに敵わないが、帰納法、特にアブダクションは矛盾を受け入れ違和感を持たなければ始まらない。

確かに多くの矛盾は単純なエラーが原因で解消されるものだが、中には矛盾に見えたことが別の真理を示唆しているということもある。
「〇〇であるはずなのにどうして△△なのだろう?」
「それはきっと□□だからに違いない」
「ああ、アレがコレか!」 

T氏はこの練習をするために修行道場のようなものが必要だと考え、様々な講演機会を通して賛同者を募っている。私は組織がこの練習を行うための手法をマネジメント研修講義にこっそり組み込んでいる。

違和感を持つこと表明すること、矛盾を扱うことはミスを防ぐ、特に未知のリスクの発見にも役立つ。端折って書くと、前提と矛盾する内容を検討過程に置かなかったり、対象に矛盾が存在しないように取り繕うことが、未知を扱いにくくする。IT業界のミスは最近大きな社会的な損失につながることが多いので、斯界の一人としても違和感や矛盾の活用を考えようと思う。

2023年は私自身も多くの違和感と矛盾に苛まれた1年だった。しかし、これはイノベーション前夜なのだと信じて、三十年振りに再び同志となったTちゃんと大先輩との会合を支えに、ビジネスの違和感と向き合い、ビジネスで矛盾を扱い、ビジネスに潜む未知のリスクを発見する2024年を迎えたい。